「夫婦なら、一緒にいるのが普通」
「結婚したら、一緒に寝るもの」
「夫婦なんだから、何でも話すべき」
「家事はこう分担するもの」
「夫婦なら、休日も一緒に過ごすべき」

そんなふうに思っていませんか?

でも、ちょっと考えてみて!

その「普通」って、
本当にあなたたち夫婦にとっての普通なのかな?

夫婦の形って、本当はいろいろ

夫婦といっても、その形は本当にさまざま。

一緒に寝る夫婦もいれば、別々に寝る夫婦もいる。

財布を一緒にする夫婦もいれば、それぞれで管理する夫婦もいる。

何でも話す夫婦もいれば、あえて踏み込まないことを大切にする夫婦もいる。

休日はいつも一緒に過ごす夫婦もいれば、
それぞれ好きなことをして過ごす夫婦もいる。

住む場所だって、別々という選択だってあります。

どれが正解で、どれが間違いということではなくて、
夫婦の形に「これが正解」というひとつの答えはないんです。

なのに、私たちは「普通」に合わせようとする

それなのに
「普通はこうするよね」
「他の夫婦もそうしているから」
「夫婦なら、それくらい当たり前」

という誰かの基準を、
自分たちの夫婦にも当てはめてしまいます。

そして、
「うちは普通と違うのかな」
「もっと夫婦らしくしなきゃ」
と、悩んでしまう。

でもそれって
少しおかしいと思いませんか?

夫婦はみんな違うのに、
なぜ「夫婦はこうあるべき」というひとつの形に合わせようとするのでしょう。

「普通」より「私たちはどうしたい?」

大切なのは、
「世間ではどうしているか」ではなく、
「私たちはどうしたいか」なんです。

二人で一緒に寝る方が心地いいなら、それでいい。

別々に寝た方がよく眠れるなら、それでもいい。

休日を一緒に過ごしたいなら、一緒に過ごせばいい。

それぞれ好きなことをしたいなら、それでもいい。

他の夫婦と違っていたって、何も問題ありません。

だって、
他の夫婦と同じになることが、結婚生活の目的ではないから。

誰かの「普通」が、あなたの幸せとは限らない

「普通」という言葉には、安心感があります。

みんなと同じなら間違っていない気がする。
みんながやっているなら、それが正しい気がする。

でも、結婚生活は、
みんなと同じだから幸せになれるわけではありません。

むしろ、誰かの「普通」に合わせるために、

本当はしたくないことを我慢したり、
本当は苦しいことを「夫婦なんだから仕方ない」と受け入れたりすると、
少しずつ自分たちの夫婦が苦しくなってしまいます。

だからこそ、
「普通はどうなの?」ではなく、

「私たちはどうしたら心地よく暮らせる?」
と考えてみてほしい。

あなたたちには、あなたたちの夫婦の形がある

夫婦の形は、誰かに決めてもらうものではありません。

親の夫婦の形でもない。
友達夫婦の形でもない。
世間一般の「普通」でもない。

二人で暮らしていく中で、
「私たちはこれがいいね」
「これはちょっと苦しいね」と話しながら、
二人に合う形を作っていけばいい。

最初から完璧な形を見つけなくてもいいんです。

二人の生活が変われば、夫婦の形が変わってもいい。
子どもが生まれれば変わるかもしれない。
仕事が変われば変わるかもしれない。
年齢を重ねれば、また変わるかもしれない。

夫婦の形は、二人の人生と一緒に変わっていっていいものです。

だから、
「うちは普通と違う」と心配しなくて大丈夫。

大切なのは、

「普通の夫婦」になることではなく、
「私たちにとって心地いい夫婦」になること。

夫婦の形は、ひとつじゃない。
誰かの普通を、無理に自分たちの普通にしなくていい。

あなたたちには、あなたたちの夫婦の形があります。